鼻づまり解消の点鼻薬が無くなったので、
薬局へ買いに行くと、
税抜き「880円」
残念な値段におののき、万年花粉症を廃止したいナゲーです。
ということで、本日は
1986年11月1日限りで廃止された
You Tube等で、動画等がたくさん公開されてますので、
今更感がありますが、僕の写真の公開ということで
お付き合い下さい。
廃止されると聞いたので、
1986年10月19日に訪問しました。
立派な駅舎でした。
駅前には病院、民家はかなり建っていました。
御存知の通り、こちらが正式な東海道下り本線。
だけど、走るのは優等列車と貨物列車。
急勾配を緩和する目的の迂回路的存在。
なぜ今もこちら経由で特急列車まで走るのかというと、
単線で双方向に運転できます。
大垣方面から垂井経由で関ヶ原駅へ行くと、
まずは「南荒尾信号場」では、垂井線への分岐速度制限があります。
そして関ヶ原駅の構内は本線ではなく、一般的に言う「側線」に進入するため、
関ヶ原駅を高速で通過することが出来ません。
一方、新垂井経由の本線は、勾配も緩く高速で走行でき、
関ヶ原構内(ホームが無い)の本線を通過できるため
ポイントの速度制限がありませんので、高速で通過できます。
少々長くなりましたが、上記の理由で現在も
高速列車は新垂井経由で運転されています。
では本題に戻ります。
当時の新垂井経由の列車本数は
ちょっと覚えてないですが、
2~3時間に1本しか無かったような記憶があります。
垂井駅までは遠いため、
名古屋方面に行く新垂井駅付近の利用客は、
一旦関ヶ原駅まで出て、
上り列車に乗るという、超めんどくさい方法でした。
当然、利用客はがた減り。
駅廃止の運命をたどりました。
昔は、駅員さんも居たと思われる、
便所の建物や、綺麗な庭、長~いホーム。
桜の木がたくさんありましたが、
つい数年前に、JR東海が全て切り倒しました。
仕方ないけど、残念です。
あと数日で外される運命の駅名標。
静寂そのもの。
時折、踏切が「プンプン」と鳴ると、
特急しらさぎが、高速で通過していきます。
普通電車の時間が来ました。
「新垂井経由 米原行き」
日中は、もっぱら「165系」が使用されました。
数少ないお客さんを乗せます。
では、これに乗って
関ヶ原付近までの前方写真を。
山の中を走るため、今でも鹿とか大型動物が
はねられたりしています。
東海道上り本線をオーバークロス。
関ヶ原駅のホームの有る線路に進入していきます。
現在では、イベント列車でも無い限り
見ることは出来ない、新垂井経由のかぶりつき写真でした。
You Tube の動画にはかないませんが、
雰囲気だけ味わって頂けたら幸いです。
以上、残念な駅「新垂井駅」でした。
残念な格好の、まるちゃんです。
今日はこの辺りで失礼します。