国鉄二俣線めぐり 後半戦 木造の掛川駅

ミカンの皮をむくと、

中の実に、白い筋がついていますが、

全部取ってツルツルにしないと

気が済まないナゲーです。

 

ということで、前回の続きから

お伝えしていきます。

ミカンで有名な「三ヶ日」を通り、

遠江二俣までやってきました。

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構内には「遠江二俣機関区」があって、

「キハ20形」がゴロゴロしていました。

現在も国鉄時代の古い木造機関区は健在です。

 

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構内には、1987年3月15日の開業を控えた

天竜浜名湖鉄道」のレールバス

「TH1形」がスタンバイしていました。

右側には、古い木造建家が少しだけ写っています。

鉄道で残るので、寂しさは半減します。

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反対列車の「新所原行き(右側)」が到着しました。

左側のキハ20形は、前照灯が未改造の1灯式の希少種。

20分はこの駅に居たような気がします。

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木で作られた駅名板。まさに昭和時代。

やっと発車しました。

国鉄時代のローカル線は、

このような長時間停車が魅力的でした。

 

終点、掛川までは長時間停車は無く

順調に着きました。

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乗ってきた「キハ20形」お疲れ様でした。

すぐに折り返して行きました。

掛川駅は工事の真っ最中。

なんと、新幹線の駅に大昇進します。

後ろは、駅建設中の新幹線の高架橋。

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ほんとに隣を新幹線の線路が走ってたんですね。

この時降りたときは、失礼ですが

岐阜羽島駅と同じで、とても新幹線の駅が

出来るような町の雰囲気では無いと思いましたが、

今では利用者数が岐阜羽島駅を上回ってしまう事態に。

ただただ頭を下げるのみです。

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とても立派な掛川駅の、当時の駅舎。

門松の旭日旗もすごいけど、

駅舎がでかすぎて、写真に入りきりませんでした。

インターネットは便利ですね。

今でもこの駅舎が残っているのを

ネットで知りました。

 

ここからは、東海道本線に乗って順当に帰ります。

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「113系」のオンパレード。

国鉄形がバリバリ走ってました。

写真の先頭車は非冷房車!

今の時代にこんなのに乗ったら

熱中症の人が続出しそうです。

 

浜松で運転系統が区切られていましたので、

浜松駅で乗り換え。

待っている時間は、113系の撮影に夢中。

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JR化を前に、東海地方の国鉄電車には

今までほとんど使用される事がなかった全面表示幕に

行き先を表示するようになりました。

湘南色」という言い方が定着していますが、

僕たちは「かぼちゃ電車」と呼んでいました。

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浜松は都会ですね。

 

マニアにとっては、

ちょっとしたサプライズがありました。

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中間に、「スカ色」の113系をサンドイッチした

編成が入ってきました。

国鉄時代は、日本全国組織でしたので、

あちこちに転配(人間で言う転勤)する車両が

よく見られました。

東海地区ではまず見ない「スカ色」に

ちょっと興奮しました。

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湘南色とスカ色の混色編成

THE・国鉄です。

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浜松からは、これまた初乗車の

「211系東海地区向け車」に乗って

岐阜まで走りを堪能しました。

新車の匂いが、まだまだプンプンしていました。

211系もスカ色っぽいですね。

国鉄二俣線めぐりは、これにて終了です。

二股はなるべく、やめましょうね!

 

いよいよ国鉄の終焉が近づいてきました。

 

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国鉄って何???????

あんた、誰????

 

今日はこの辺りで失礼します。