中学生活最後の名鉄乗り回し第4弾 在りし日の八百津線・モノレール線

レンタルで借りたDVDを返却するついでに

また借りようと思って、

借りたのは良いけど、返却するのを必ず忘れる

脳内神経路線が廃線間近のナゲーです。

 

ということで、

名鉄乗り回し「第4弾」のご紹介です。

1987年3月25日。

この日は、朝から雨がザーッと降る日だったようです。

まずは、「八百津線」へ向かいます。

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岐阜方から犬山駅で乗り換えです。

「6000系」急行明智行きが来ました。

(犬山から普通に)

方向幕には主要な駅しか装備されていませんでしたので、

ご覧のように、系統板使用。

この方が、6000系の顔は

ピリッと締まります。

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明智駅」で「八百津線」に乗り換え。

「キハ10形」レールバス

2軸車(車輪が4つ)で、

走行すると「Choo Choo TRAIN」みたいに、ローリングする

独特な乗り心地の車両でした。

大手私鉄が第3セクター鉄道に先駆けて

レールバスを導入したことで、注目を浴びました。

残念ながら、八百津線は2001年10月1日に

廃線となりました。

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ピーナッツが入った「八百津せんべい」が有名。

立派な駅舎でした。

この地は、僕の父親との関係悪化の

発端となった因縁の地で、

いずれ、その出来事もご紹介するときが

来るかと思います。

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昔は、パノラマカーも走ってた路線とは

思えない、哀愁漂う雰囲気でした。

列車本数が少ないので

とんぼ返りします。

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明智駅へ戻ってきました。

今度は「広見線 御嵩駅」へ向かいます。

現在の「新可児駅」は、昔は「新広見駅」でしたので

路線の名前だけが「広見」で残った状態です。

ちなみに「明智駅」も、昔は「伏見口駅」でした。

ローカル線の主力車「3730系」

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御嵩駅」へ来ました。

相変わらず、雨はザーザー。

駅前は、とてもひっそり。

でも、駅員さんがちゃんと居ました。

当時からこんな感じなので

新可児御嵩」の廃線

現実味を帯びてきています。

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またまた明智駅へ戻ってきました。

日中は絶対乗り換えなので、雨に濡れながら

仕方なく乗り換え。

「6500系」でした。

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犬山駅で、また乗り換え。

犬山遊園駅」へ。

なんか、6000系列ばかり乗ってます。

犬山始発なのに「犬山経由新岐阜」の方向幕。

ちょっと複雑です。

「経」の字が、略字になってます。

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「モンキーパークモノレール線」に乗ります。

形式は「MRM100形」

昔は、ウルトラマンのような塗装でした。

短い路線でしたが、

日本で初めての「跨座式モノレール」だったそうです。

名古屋鉄道さんは、パノラマカーを筆頭に

日本で初めての試みをたくさんしてきた

先進的な鉄道でした。

「MRM]って何の頭文字なんでしょうか?

Monkeypark Railway Monorail?かな?

英語は、中学のテストは20点台だったので・・・・。

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春休みの平日、雨降りなので

お客さんは、ほぼ「0」

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「動物園駅」で即、折り返します。

改札口が「日本モンキーパーク遊園地」の入口でしたので、

遊園地の入場券が無いと、改札は出られませんでした。

自家用車がまだまだだった頃は、

混み混みだったのを覚えています。

こちらも残念ながら、

2008年に廃線となりました。

モノレールの支柱も、素早く撤去されました。

今は跡形もありません。

園内には、ウルトラマン塗装に復元され車両が

保存されています。

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岐阜へ戻ります。

またまた「6000系」

ちょっと、イヤになってきました。

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どういう計画だったのか、今度は「美濃町線」へ。

「880形」複電圧車。

背後には、すごくナウイ(廃語)パルコが。

なぜ、岐阜に最先端だった、あのパルコなのか。

今考えると、すごい事です。

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新関駅」へ。乗り慣れた美濃町線を走破へ。

雨でもぶっ飛ばす、高速化改造された「590形」

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この時点で、もう夕方に。

「美濃駅」も、即折り返します。

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最後は、「野一色駅」で乗り換えて

本家の美濃町線「徹明町駅」へ。

道産子の「870形」

名鉄離れした、カッコイイ路面電車でした。

この日の乗り回しはここまで。

廃線前の、まだ元気だった八百津・モノレール・美濃町線でした。

思い出すと悲しくなります。

 

次回で中学生活最後の乗り回しのご紹介は最後です。

もう1回だけ、お付き合い下さい。

 

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話しがナゲーんだよ。引っ掻いちゃうよ。

 

今日はこの辺りで失礼します。