昭和のオヤジカメラ汚写真 EF62・ひまわり号などなど

また一つ、ナゲーの「昭和」が

(テメーの昭和じゃねーし)

終わることとなってしまいました。

大好きだったドラマ「太陽に吠えろ!」や「西武警察」の

「石原軍団」が解散してしまいました。

度派手なカーアクションや考えられない戦闘シーンなど、

子供心を突き刺す、素晴らしい名作品をたくさん見せて頂きました。

同時に、(このパターンは!)

「ナゲ腹軍団」も解散が決まりました。

(全然強そうじゃないし。四段腹か)

過去の作品を振り返ってみると、

※ ここから先は、石原軍団ファンの感情を逆撫でする言葉が

  続きますが、気にせずご覧下さい。(自分勝手やな)

有名な2大作品は、

「ナーゲ警察」(「ー」の位置が違うような・・・)

戦車や装甲車まで登場し、犯人を逮捕するためなら、

市民の犠牲もいとわない、徹底的に叩きつぶす

「ナーゲー軍団」として犯罪者から恐れられ、

次第に市民の反感を招く最悪な結末のドラマ。

そして「ナーゲーに吠えろ!」

ナゲー国警視庁・臍曲警察署刑事の不祥事を描いたドラマ。

(やっぱり、曲がりくねってますよね、ヘソ)

お互いをニックネームで呼び合い、

例→ブス・ナゲさん・ゴキさん・ソーリ・スパゲティ・ナゲパン・敵刺す

  ボンボン・アシックサ・ジャージ等々・・・。

中でも、精神消毛戦で抜けた髪の毛を手に、

「なんじゃこりゃああああああ!」と

ドサッと倒れ込む、ナゲパン刑事の殉職シーンは

(そんな事で殉職するのか?脱毛は命取りです)

今でも、冥シーンとして現在も毎日が殉職中であります。

※ 本当のドラマ中、数々の殉職シーンは、マジで感動モンでしたっす!

ジョーダンはここまでにして、

ホントに小さい頃から、楽しませて頂き、

この場をお借りしまして、

一視聴者として、石原軍団の皆様に御礼申し上げます。

ありがとうございました!長い間本当にお疲れ様でした!

時間の流れには逆らえないなと痛感する、昭和のナゲーです。

 

ということで、殉職ナゲーブログ

3日間のお休みをいただきまして、

(会社内抗争が活発化したため)

殉職一歩手前の状態で再開して参ります。

本日は「昭和」ということで、

小ナゲーが撮ったオヤジカメラ汚写真を

ご紹介して参ります。

なんじゃこりゃああああぁの写真をご覧下さい。

 

1983年頃。国鉄東海道本線 木曽川~岐阜間。

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単コロ運転中の「EF58形直流電気機関車

登場当時は、「いぶき500形」のような

箱形デッキ付きの車体の持ち主でした。

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お馴染みの「DE10形ディーゼル機関車

主な用途が入れ換えようなので、運転台は横向き。

ナゲーの頭髪同様、急速に勢力を減らしています。

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「117系」

名鉄電車に対抗する目的で、

関西地区に続き、東海地区にも投入された

オール転換クロスシートの豪華車両でした。

「東海ライナー」と命名され、

毎時2本運転を実現し、ちょっとだけ名鉄から

客を奪うことに成功しました。

それまで岐阜~名古屋間は、1時間に快速1・普通1の

「乗るな」と言わんばかりの列車本数でした。

 

おそらく1984年頃。日本国有鉄道・岐阜駅。

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「荷物列車」を牽引する山男「EF62形電気機関車

老朽化した「EF58形」に代わって、

信越本線の貨物減少で仕事を失った、

山岳路線専門の「EF62形」が東海道筋に配置転換。

荷物列車ほぼ専用として走り始めましたが、

山岳専門のため、連続でスピードを出さなければいけない

平地線での走行で故障が続出。

東海道での活躍は短命に終わりました。

昔は宅急便のような会社が無かったので、

遠隔地は荷物列車で荷物を運ぶのが主流でした。

 

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「試運転」幕がチラリズムの「キハ58系急行形気動車

(やはり全部見えるより、チラッとが良いですね)

国鉄時代は、行き先幕もいい加減な表示の時が

たくさんありました。

急行形でも普通列車にも使用されました。

高山本線普通列車で待機中。

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左側は、「急行のりくら・名古屋行き」

特急よりも急行の方が列車本数は多かったです。

急行といえども普通車は、

姿勢が良くなる直角座席。

キハ58系も、ほとんど姿を消しました。

国鉄・岐阜駅は、昼だと人影が全く無くなり、

ド田舎駅のような雰囲気でした。

 

おそらく1981年秋頃。日本国有鉄道大垣駅

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毎年秋の時期になると、

普段、列車に乗ることが出来ない方達

主に、体の不自由な方、病気の方やお年寄りの方達に

列車の旅を味わってもらおうという企画で、

全国各地で走った「フレンドシップトレイン・ひまわり号」

当時は、バリアフリーなる考え方は一切無く、

駅は階段だけ、列車は段差だらけ、スロープも無し、

なので、体の不自由な方は列車に乗ってはいけない状態でした。

なので1年に1度、全国でこのような企画が催されました。

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旅と言っても日帰りで、確か蒲郡かその辺りまでの

日帰り旅行の企画だったと思いますが、

発車式は盛大に行われました。

(男子専科に目が奪われるナゲー。実はこのお店知ってます)

地元高校ブラスバンド部の皆さんの演奏で出発式。

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列車には、普段列車に乗ることがない、

体の不自由な方、その家族の方、

ボランティアの方が多数乗り込みました。

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撮って歩きましたが、みんな嬉しそうな顔で

電車の感覚を楽しんでいるようでした。

現在はバリアフリー化が進んで、

このような企画が必要なくなったのか、

ひまわり号の姿は見られなくなりました。

どんな人でも普通に電車に乗れる時代になる

きっかけを作り出した列車でした。

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こちらは岐阜駅。

線路のバラスト(砕石)をばらまく貨車をつないだ貨物列車。

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「ホキ800形ホッパ車」

昭和33年から49年にかけて製造。

現在でも、JR東・西日本さんで運用されています。

主に終電終了後、線路の保守で

石をばらまく仕事をする貨車。

夜中の仕事を終えて、日中に帰ります。

車体横の独特な「名」の文字は、

名古屋鉄道管理局」所属の貨車という意味でしょうか。

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前回、同じような写真を出しましたが、

今度は「食堂車」が1両、機関車の次に挟まれてます。

確か、「リバイバルつばめ」として運転された車両の

返却回送だった記憶があります。

機関車は、天皇家お召し列車専用機「EF58形61号機」

お召し列車運転直後だったのか、

お召し整備されたままの美しい姿で走ってきました。

※ お召し列車に使用される車両は重整備され、

  再塗装、磨き上げ、機器も整備され、

  万が一の故障時に、予備車両も整備されました。

  お召し列車運転前は、必ず露払い列車も運転されました。

  ナゲー国女王陛下のお召し列車は、

  いつもお忍びなので整備されません。

小ナゲーが撮ったオヤジカメラ汚写真、

もう少しありますので、

また折を見て公開致します。

(一部トリミング有り。緩い時代の撮影ですのでご了承下さい)

 

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コロナ時代、さわりたいけど、さわれない・・・・。

 

今日はこの辺りで失礼します。